予備練習

志貴子は俺の部屋に入っても、入り口にぼさっと突っ立っていた。
「散らかってるけどほら、ベッド座れよ。いまジュース持ってくるから」
「…おかまいなく。お邪魔します」
散らかっているといってもトレーニング用品と、主に書籍が積み上げてあるだけだから、そこらの男連中の部屋よりはきれいなはずだ。ベッドと机の周りのものを隅に追いやって仏頂面のちっこい志貴子を座らせ、さっさと台所から2人分のジュースを注いで持ってきた。
志貴子はじーっと俺を見つめる。
「ああいうのやっぱりよくないと思うよ」
いま俺は、先ほど、里奈-俺のいま付き合ってる彼女だ-に「最後の通達」をつきつけられて、その無理難題に路上で叱り付けて泣かせた(どうせ嘘泣きなのだ)ところをちょうど志貴子に見つかって、静かにとっちめられているところだ。
「あ…これ、おばさまの…」
「うん、いつもの梅ジュース。お前、好きだろ」
志貴子と俺は幼稚園からずっと一緒の腐れ縁である。かといって通り一遍の「幼馴染」のような気安さはもうない…気がついたら志貴子は、もう俺の横にはいなかった。元野球部キャプテンの俺にきゃあきゃあ言う、そこら辺の女の子たちよりよそよそしくなっていた。
「受験あるんだからさ。豊中さんほんとに、かわいそうじゃん」
「あいつは頭いいし英語もべらべらしゃべるし、どこでもいけんじゃないのー」
「洋…宇野は、それこそどこでも行けるからそういえるんだ。野球で取ってくれるところもあるんでしょ」
「俺は一般だよ。まだ夏休みだし、もう野球はいい…それにしても」
床に胡坐をかいていた俺は志貴子を見上げる。
「俺のこと『洋ちゃん』て、どうしてよばないん?」
「そんなこといま問題じゃないだろ、話そらすな」
ぷい、と志貴子が横を向いて、二つにくくっている髪がさわっと揺れる。ずっと同じ髪型だ。
「俺結構寂しいのにな〜。小学校まではお前と俺といつもつるんで遊んでたじゃん。いつの間にかお前離れてっちゃってさ…」
「いまは豊中さんの話してるんだろ!」
あ、やべ、本気モード。
「あいつはなー…なんか、あいつも、遊び友達じゃないのよ、結局」
「当たり前だろ、彼女なんだから」
「俺の欲しいのは、どっちかって言うと友達なんだけどなー…なんての?癒しって言っちゃ失礼だけど…俺が馬鹿やっててもさ、ふと見ると後ろでタオルとジュース持っててくれるようなさ。そいで二人でそれを飲んでにこってするの。俺はそういうのがいい」
志貴子がぽかんとして俺をまじまじと見ている。
「里奈がさっきなんていったかお前に聞かせてやる」
聞かせて嫌悪させてやればいいんだ。
「…えっちしよう、だってさ。17の夏に捨てたいんだってさ」
「…え…」
志貴子の瞳がちょっとまん丸になって…それから…眉根を寄せるかと思いきや、下を向いて何やらしきりにグラスの中に残った梅をころころさせて見つめている。
「肉食系って俺ダメなんよねー。まあ、あいつばいんばいん系だしねー前からそういう感じのところあったから、あ、やっぱりかとはおもったけど。だからすごいがっかりしたー」
俺は床に転がった。本当にあの瞬間がっかりしたのだ。女の子に「清純」なんていないんじゃないか。あの頭のいい里奈でさえ、やっぱりそういう点では俺を「肉」としてしか見てないんだなーって思ってさそれでさ…。
「うのー」
「ん?」
俺は実は志貴子に苗字で呼ばれるのも嫌いではない。のほほんとしてるんだよな、こいつの「うのー」って。
「ちょっと…見てみろ、こっち」
「…?……!!!!」
志貴子がベッドの上でエログラビアよろしく、ブラウスをたくし上げてまあ、白いおなかと可愛らしいちょこんとしたブラをのぞかせていた。
「お前ナニやって…ちゃんと着ろちゃんと!」
あせって俺は、手近にあったスポーツタオルを志貴子の胸に押し付け…そのままベッドに倒れこむっていうのはこれはお約束か?そして微妙にポヨッとした胸の感触が手にジャストミートっていうのもお約束か。
「女のに興味ないのかと思ったけど」
どきどきどきどき。
「違うみたいだな…」
もぞ、と志貴子が俺の下半身から離れる。ええ、反応しますとも…。
「…そういうんじゃない。お前いらん心配して馬鹿なことするなああぁあ」
「じゃあ、したらいいじゃない」
なんか、困ったな。
「あいつにはそういうんじゃない…としか言えない、説明しようがない。でも」
この気持ちはいま本当。
「おれはいまおまえとしたいよ。」


俺は志貴子を抱きしめていて彼女の全てがかわいいと思う。
「そんなに見るなって…」
「誘惑したくせに」
意地悪く言ってキスをすると恥ずかしそうにする志貴子が可愛らしくて、まぶたにも、耳たぶにも、鎖骨のくぼみにも指を這わせてそしてそのあとを唇で追う。 ショーツを下ろすのももどかしく俺は、組み伏せた志貴子のぷにぷに柔らかい、そしてとろっと濡れている秘裂に、先走りを吹きだしている俺自身を擦り付けて…欲望のままに一気に突きこんだ。
志貴子のそこは、俺を全部受け入れるにはまだ小さいようで、しかしゆっくりねじりこんでいくのを繰り返しているとどんどん柔らかくなって、やがて全部を飲み込めるようになった。
「志貴子…」
「…洋ちゃん…」
お互いに何もいえずにただ抱きしめあいむさぼるようにくちづけた。蒸し暑い真夏の部屋で、俺たちはただ二人でお互いだけ欲していた。
「はあっ…はっ…なぁ、ひとつになろ」
「私もうだめだよ…なんかいびくびくってなったかもうわかんな…あ、またっ…」
「俺もうもう何回なったかわかんね…でももう出る…すごい…志貴子の中、甘いの、やさしくて、俺が全部とろけそう、あ、あっ」
俺はぎゅーっと志貴子を抱きしめて、痙攣するその体を、絶対離すまいと、その中に俺自身をびゅくんびゅくんと放って…ああ、こんなことしてはいけないのかもしれないと、おもいながら、でも本当に絶対この世の中の誰よりも大事で離したくなかったから、こういうとき人は本当の意味で我侭になるんだとか、そんなことを考えて…力尽きた志貴子の額の汗をぬぐって、その上に重くないようにかさなった。

「よかったのかな…」
肩に乗っている小さい頭をなでる。
志貴子をめちゃめちゃにしてしまった。自分の欲望のまま陵辱してしまった。彼女が望んでいたかどうかもあやふやなのに本当にそれで俺はよかったのか。
…一番、守ってあげたい存在なのに。
「よかったんだよ」
「あれ、寝てたと思ってた」
志貴子が俺の頬をひんやりした手でなでる。
「とっても幸せな夢を見てたよ」
「そうか。どんなの?」
「うの…洋ちゃんと一緒に、梅ジュース飲むの」
「…俺それ、すっごいしあわせだナー…」
志貴子の気持ちが知りたくて俺はうずうずする。好きなやつくらいいるんだろうな。胸がぎゅうっとなる。
「ごめんなさい」
「何を謝る?」
「俺が、こんなやつで、こんなことしちゃって、ごめん」
「豊中さんの、練習なんだろ…」
「そんなんじゃない」
わからないのかな。…うん、わからないよな。
「きちんとした気持ちを言わずに、抱いてしまってごめん。俺は、お前が好きなの」
「ん…」
ふるふると首を振って、そして志貴子はぎゅっと俺に抱きついてきた。
「あのね」
「うん」
「私は、洋ちゃんがかっこよくなって素敵になって、遠くなっていくから、悲しくて、でもずっと好きだったんだ」
「そうなの?!」
あんなに素っ気無かったのに。
「だから、いまね、すごく幸せで、そして、ごめんなさいなんだ…卑怯なことして、ごめんなさい。」
「じゃあ…両想いで、いいんじゃね?」
「いいのかな…」
ひとつだけ気になることがある。
「俺って、ロリコンかもしれない…」
志貴子の体をなめまわすそうに見てそういったら、枕が飛んできた。
(2010/3)