「セックスしたことない子が、潮まで吹いちゃったか…」
 強烈な快感の余韻で、体に力がまったく入らない。今出たのは…私、おしっこしちゃったのかな…。
 ぼぉっとしていると、ふぁさ、と突然大きな手で髪をなでられた。
「どうだったの」
 お兄さんの顔が近づく。メガネは、さっき拭いていたようでかけていない…すごく、まつげが長かった。多分、優しい顔のつくりというんだと思う。
「私…ひどいことしようとしました。
だから、お兄さんに謝って許してもらわないといけないの」
 かちゃん、かちゃんと手足の拘束がはずされる。お兄さんは、何も言わない。
 あれ…もう、終わりなのかな。でも…。
「ちゃんと、お兄さんとセ…。
セッ…セックスも、しますから…。私」
「しなくていいよ」
 そっけない返事に、殴られたような気がした。この人は、私を許してはくれないんだ。
 そして私は…。
「それって、もういらないってことですか」
「うん、もう、帰っていい。支払いはやっておくから…ああ、それから、これ」
 お兄さんは、私のケータイと一緒に、たたんだお札を手渡した。
「タクシー代もはいってる」
「…」
 こんな風になるなんて全然思ってなかったのに。
 でも、私は一番言いたいことはもうお兄さんには言えない人間になってしまったんだ。
 のろのろと立ち上がって、服を着た。大人っぽく見せようとして選んだその服が、全部本当に自分には全然ふさわしくないものだと思いながら、着た。
 身なりを整えると、ソファに座ってタバコを吸っていたお兄さんが、軽く私に手を振った。
「変な男にひっかかるから、もうこんなことやめろよな、真悠ちゃん」
 もう呼んではくれないんだよね、その名前を。
 もう、聞けない。昨日までだって聞いていなかったのに、聞いてしまった今はこんなにも聞きたい。
「もう…十分懲りたし…」
 そしてもう、ひっかかりました、という言葉を、飲み込んだ。
「…さて、と。俺も風呂入って帰るわ。じゃ」
 お兄さんは、そういって立ち上がるとタバコをもみ消し、私と目をあわすことなくバスルームに入ってしまった。
 ここにいても、もうどうしようもないんだ、無意識に唇をかんでいた。震えて力がほとんど入らない手で、私はドアノブを掴んだ。
 パタン。ドアを閉めて出てしまうとそこは、本当に自分の全く知らない空間で、息がとても苦しい。
 でももう、部屋の中からは水音がかすかに聞こえてきて、私はもうどこにも戻れないんだなと思った。あのひとにも、そして、昨日の私にも。

 駅でタクシーを降りた。
 コインロッカーから制服を出して、トイレで着替えて、そして雑踏の中を抜けてバスを待つ。今ならまだ、塾が少し長引いたといえばいいだけの時刻。
 談笑して、いちゃついていくカップルがやけに多い気がする。春だからだろうか。…うざい。
 特に、男のほうがメガネをかけてタバコを吸ってたりすると、すごく見ててうざい。
「サイテー…。
わたしがサイテー…だもんね…」
 だから、恋なんてする資格もない。毒の蜜みたいだ、と思った。その味を知って、もう味わえないとなると、こんなにきりきりと胸を締め付ける。
 ごおっと風が吹いて、桜の花びらが舞った。甘い香りの中でも、涙の味は変わらなかった。 



++おまけ++